The Economist 紙の9月12日号に Plunging test scores are a slow-moving catastrophe という記事があり、最近考えていたことに近かったので簡単に要約します。
最新のPISAで先進国の学力が再び低下し、コロナによる休校だけでは説明できない教育危機が明らかになった。典型的な15歳の読解力は、10年前の14歳程度に後退している。学力は所得、健康、犯罪の少なさと関連し、長期成長にも影響する。AIに思考を任せれば勉強は不要になるとの考えを同誌は退け、変化への適応と機械の出力を判断するため、読み書きや計算、集中して考える習慣はむしろ重要になると説く。スマホなどの画面が学習や読書を妨げる証拠が増えており、学校での制限は妥当だ。それ以上に、低い期待水準、欠席、甘い評価、教育現場での実証研究への関心不足が問題となる。資金増額だけでなく、効果が確認された教授法、厳格な試験と監査、知識を重視する課程が必要だ。改善が見られる英国の経験に学び、選挙周期を超える長期の教育改革に政治家が責任を持つべきだと訴える。
ここで重要なのは① AI との向き合い方と②スマホとの向き合い方の二つだと思います。
具体的には、前者は答えを求めるだけではなく考え方を育てる役割を与えること、後者にはそのための時間を確保することとアテンションを確保することです。
この両方にまたがる領域で将来性を考えることができるのが Duolingo というサービスだと思っています。もし、この方向性で民間から上手い対処ができる場合、同社は非常に魅力的な位置に行くことになるでしょう。しかし、連続記録を守るために簡単な問題だけ済ませるようになれば、利用は続いても目指す力が伸びるとは限りません。その辺りの設計はより重要です。
尤も、まずは政治家が子供の将来、教育の未来、国家レベルでの対応を超党派的に邁進しなければ始まらないことですので、同世代の政治家を国政や地方政治の場に送り込むことから始めていくことが良いのでしょう。






