英国 The Economist 誌を読むブログ

イギリスの週刊誌 The Economist を読んだ感想を書きます

リンカーン大統領はゲイだったのか

The Economist 誌の 10 月 5 日号の文化欄からリンカーン大統領はゲイであったという話題についてです。

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センセーショナルなタイトルではあるものの、同誌はリンカーンがゲイであったかどうかについて明確な結論を出していないものの、歴史的な人物に対する「再評価」や「修正主義」の重要性を強調しています。

 

曰く、ジェファーソンと奴隷サリー・ヘミングスの間に子供がいたという事実が当初は受け入れられなかったが、現在では多くの歴史家がそれを認めているとのこと。このトーマス・ジェファーソンの例を引用した背景から、過去において「受け入れがたい」事実が長い間否定されてきたが、後に新しい証拠や社会的な変化によって認められることがある、と示唆しています。

 

つまり、リンカーンの性についても、現代の視点や社会的変化が影響を与えていると同誌は見ているのでしょう。同誌は、同性関係が法的・社会的に受け入れられるようになったことで、リンカーンの関係性を再評価する動きが出てきたと説明しています。しかしながら、同誌はリンカーンをゲイであったと断言しているわけではなく、むしろ「歴史的な理解は時代によって変わり得る」との立場をとっているので上手だなとは思います。

英国は脱石炭火力発電時代へ

10月5日号の The Economist 誌で紹介されていた英国の電源ミックスから石炭火力がなくなったというニュースです。

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曰く、1882 年から始まった石炭火力発電所からの発電が 24 年 9 月 30 日をもって完全になくなったとのこと。

 

実際には北海での天然ガス発見という幸運に洋上風力発電などの導入を基軸とするエネルギー政策によって徐々に石炭火力発電所のフェーズアウトを進めた政治的努力の反面も大きく、図2の赤線の通りもともと石炭が不要な期間が顕在していた。

 

そこにロシアのウクライナ侵攻後のエネルギー危機を経ても石炭火力再稼働の必要性も大きくなく、G7 の他国と比べても抜群のマネジメントで、産業革命以来英国のフラッグシップであった石炭との決別を実施出来たといえるでしょう。

(出典:The Economist 誌)

(出典: The Economist 誌)

ドイツや日本は現実的に見ているところがあると感じるものの、石炭悪者論は根強く、同じ化石燃料天然ガスでリプレースされるほうが GHG 排出の観点では良いこともほぼほぼ共通認識と言っても過言ではない状況下、上流投資が欠けて安定供給の観点からも持続性がない電源になってしまうだろう。即ち、日本にとっては、必然的に原子力発電所の再稼働に舵を切らないといけないのだが、原子力発電所の本当のコストについての議論もしっかりと踏まえない限り、納得のいく議論には繋がらないだろうと感じる。

 

このあたり英国がどのように石炭を排除できたのか、については単なる幸運であると言い切ってもいいように思うし、実際に The Economist 誌もそう認めている。

フェイシャルワークアウト

The Economist 誌の 10 月 5 日号に載っていた記事です。

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曰く、顔の筋肉を鍛える「フェイシャルワークアウト」の人気が高まっているとのこと。ロンドンの FaceGym では、むくみの軽減や輪郭の引き締まり効果を期待して、顧客は約 £100(133ドル)を支払い、顔のマッサージを受けていて、特に男性客も増加しているようです。また、自宅でできるフェイシャルワークアウトも人気で、専用アプリやローラーなどのツールが販売されているとのこと。同誌は、専門家の意見として、顔を頻繁に触ることで肌トラブルを引き起こす可能性があり、フェイシャルワークアウトの効果には十分な研究がないため、その効果はまだ確立されていない、と締めくくっています。

 

要は、ラクして小顔になりたい、という思いをビジネスにしている業態だと思いました。これは社会的なプレッシャー、美の基準の固定化、自己投資として比較的安価であることに加えて、SNS を経由したマーケティング手法の対象として効果が出やすいことも背景にあるのでしょう。「顔の運動」と銘打ったのはマーケティングの神様なんじゃないかなと思います。

エチオピアと周辺状況

The Economist 誌の 10 月 5 日号からアフリカの角(Horn of Africa)の状況についての解説記事がありました。私個人として、この地域の国際関係の知識が不足しており、基礎的な知識の補完という観点で役に立つ記事でした。中心はエチオピアです。エチオピアはアフリカで二番目に人口が多く、経済発展も続けているアフリカの大国として見られています。

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まず、エチオピアからエリトリアが独立したことにより、エチオピア内陸国となったことから、港湾アクセスを巡る対立が起こっています。元々は有効な関係だった両国ですが、98 年に起きた国境問題によって港湾使用権を失いました。ジブチとの間で港湾使用に関して合意し、インフラも整備する形で対応していました。そして、ソマリランドに位置する港湾にエチオピア海軍の基地使用に関する覚書を締結する動きに繋がります。これがソマリランドを同国の一部とみなすソマリア(及び国際世論)の反感と反発を買うことになります。

 

エチオピア vs ソマリア です。また、エチオピア vs エリトリアです。

 

これを受けたソマリアはエジプトへアプローチします。エジプトはエチオピアとの間で水資源を巡って対立中です。具体的に、エジプトはエチオピアナイル川に建設中の巨大ダム(グランド・エチオピアン・ルネサンス・ダム(GERD))を問題視しており、この動きがエジプトの水供給に大きな影響を与えるものとして脅威と見なしています。そのため、エジプトにとってもエチオピアの地域における影響力を削ぐためにソマリアを活用すべく、軍事協定を締結します。

 

これが、エチオピア vs エジプトです。

 

記事の中にはジブチについては明確に書かれていませんが、エチオピアの戦略的なパートナー相手として認識されています。

 

中東からも参戦者がいます。UAE は、エチオピアソマリランドに海軍基地を設置する代わりに、UAE が所有する港を使用させることを望んでおり、エチオピアとの協力を深めています。一方で、トルコはソマリアの最大の外国投資国であり、ソマリアを支持しています。

 

これらの対立や外部勢力の干渉がソマリア国内の統制を弱体化させる可能性があり、Al-Shabaab アルシャバブのような過激派がその隙を突いて台頭するリスクが指摘されています。特に、エチオピアソマリアの対立がエチオピア軍の平和維持活動に影響を与え、治安の空白が生じることが懸念されています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

チーズと考古学

9月28日号の The Economist 誌から少し経路の違う記事。

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曰く、最近の研究により、3,500年前の中国・新疆地域で発見されたシャオホー人のミイラから出土したチーズが、古代文化及び食生活の理解において重要な手がかりを提供することが明らかとなったとのこと。このチーズは世界最古の保存されたものであり、遺伝子解析によって使用された乳の出所が特定された。研究者たちは、チーズに含まれるヤギのミトコンドリアDNAを分析し、古代のユーラシアに類似した遺伝子を持つヤギの乳が使用されていたことを示した。この結果、シャオホー人が他の文化から家畜の飼育及びチーズ製造技術を学んだ可能性が示唆されている。

さらに、このチーズは発酵飲料であるケフィア*1を基に製造されており、乳糖不耐症の人々にとって適した食品であると考えられている。ケフィアの発酵過程において乳糖が減少するため、乳糖を消化できない人々にとって飲みやすい選択肢となる。加えて、この古代のチーズの遺伝子解析は、他の文化に関する理解を深める可能性を秘めている。具体的には、ヨーロッパの古代陶器から発見された乳製品の残留物や、古代エジプトの埋葬儀式におけるチーズの利用について新たな知見が期待されている。

 

遺伝子解析技術の進歩、特に AI 技術が与える考古学への影響というのは無視できず、データ分析の効率向上や予測モデルの構築などの分野で応用されていくのだろう。

*1:ケフィアは、牛乳やヤギの乳を発酵させて作る飲料です。発酵は、特定のバクテリア酵母(主にLactobacillus菌)を使って行われます。これにより、乳が発酵して少し酸っぱくなり、クリーミーなテクスチャーになります。

QUAD の本質

9月28日号の The Economist 誌に米国、日本、オーストラリア、インドの4カ国による Quad の本質について触れています。

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曰く、クアッド(アメリカ、オーストラリア、インド、日本)は、最近の米印関係の緊張にもかかわらず、バイデン政権下でアジア太平洋地域の公共財提供に焦点を移し、定期的な首脳会議を続けている状況です。これに対して批評家は、中国の脅威に対抗するためにクアッドが安全保障に再び集中するべきだと指摘しており、今後のクアッドの方向性は、各国の政治的変動(日米豪の指導者交代)やインドのモディ首相のリーダーシップにかかっているとのこと。

 

岸田総理、バイデン大統領ともに来年 1 月には交代となっており、オーストラリアのアルバニーズ首相も同じく来年の選挙がタフになることが見えており、再選したインドのモディ首相のみが政治的な安定があるといえるでしょう。そのため同誌はインドの力を、クアッド内での政治的安定*1地政学・戦略的影響力*2、経済・技術分野での台頭*3、そして外交的柔軟性*4という観点から評価しています。

*1:インドの首相ナレンドラ・モディが再選され、クアッドのリーダーの中で唯一、政治的に安定しているとされています。日本の岸田文雄首相が10月に退任予定であり、バイデン大統領も2025年に任期を終えるため、他のメンバー国ではリーダーシップが変わる可能性がある一方で、モディは引き続きインドを率いることが確実です。この点から、インドはクアッドの中で今後も継続的に重要な役割を果たすことが予想されます。モディがクアッドをインドで開催する機会を持つことも、インドがこの組織内で影響力を発揮するチャンスと見られています。

*2:インドは、クアッドにおける重要な一角を占めており、特に中国を念頭に置いたアジア太平洋地域での戦略的バランスを取る上で重要な役割を果たしています。インドは、中国と直接的な国境を接し、長年にわたる領土紛争もあるため、中国の影響力に対抗する重要なプレーヤーと見なされています。特にクアッドが安全保障や防衛協力に焦点を当てていた頃、インドの役割はさらに重要でした。

*3:クアッドの新たな特徴として「public goods(公共財)」の提供が強調される中、インドは技術面での協力、特に半導体製造などで重要な役割を担っています。記事の中で言及されているように、クアッドの一部のプロジェクトは「defence-adjacent(防衛関連)」であり、例えばインドで軍事目的のための半導体製造を支援する新しいプログラムが立ち上がっていることが紹介されています。これはインドが技術的にも戦略的な価値を持っていることを示しており、その役割は防衛以外の分野でも拡大しています。

*4:クアッドの議題が中国を名指しで非難しなかったことや、バイデン大統領が非公式に「中国は我々を試している」と発言した点からも、インドの立場が影響している可能性が読み取れます。インドは独自の外交政策を展開しており、中国との関係を完全に断絶することなく、クアッド内で柔軟に動いていると考えられます。モディ政権はインドの国益を優先しつつ、クアッド内での協力を進める一方で、中国ともバランスを取るような姿勢を見せており、その外交力が示唆されています。

増税が不可避なら消費税増税を

9月28日号の The Economist 誌の Leaders に増税に関する記事が載っていました。

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曰く、増税するなら土地税が最も効率的な税制だが政治的に国民の支持を得るのが難しく、次善の策として VAT(消費税)増税を提案している。たしかに、土地は動かせない資産であるため、土地税は経済行動を歪めにくく、効率的であるが、土地税は大きな金額を定期的に支払わなければならないため、選挙での支持を得るのが難しい。一方、消費税は特定の商品やサービスが免除されない限り、経済的なインセンティブを大きく歪めないため、比較的効率的な税制と評価されている。ただ、比較的マシ、という話なのだろうか。わかりません。

 

同誌は、金融資産への増税(イギリスが検討中)、キャピタルゲイン課税(カナダがが増税)、企業への増税(フランスが検討中)、関税拡大(アメリカが検討中)といった各国が検討中の増税を成長を阻害する非効率なものとして反対している。他方、既に高い消費税率を導入している国(イギリスや北欧諸国)があっても、さらに引き上げる余地はあり、特に公共サービスの維持や拡充が必要な状況では、消費税の増税が有効な手段として賛成している。

 

消費税の逆進性((消費税は貧しい人々が所得の大部分を消費に使うため、彼らがより多くの負担を負う、という一般的な批判。要は、低所得者層は収入の大部分を消費に使うため、VAT (消費税)の負担が相対的に大きくなる、という主張。)にも触れた上で、年間所得ではなく生涯所得でみれば、逆進性は小さくなるとの同誌主張。たしかに引退後に貯蓄から支払う層から取るためには消費税が良い選択になるが、低所得者層には当てはまらない気もする。あるいは地方で公共サービスの影響が十分ではないケースにおいても主張の根拠も弱くなる。理論的には妥当性もあるが、実際の影響も考慮すると、慎重なポジションを取るのが良さそうに思う。